大雨の日の出来事

先日、大雨の日がありましたね。
庭の木々が大きく揺れて、はっきりとした斜め線のように雨が降っていました。
皆さんのお近くはいかがでしたか。
被害にあわれた方、お見舞い申し上げます。
今日はその雨の日のお話を。
大雨の日、私は1つ記事をあげて、もうひとつ書こうと思って滝行と水の話を書いていました。
途中、この後に観光地での水場の霊体験を書こうかなと思って、念のため、途中まで書いた記事の下書き保存のボタンを押しました。
今までも心霊体験や低いエネルギー体の話を書いていると突然画面が真っ白になったりかたまって結果消えてしまうことなど多く。
天使や神々、守護などよいエネルギーのことに触れた記事ではそういうことは滅多に無いんですけどね・・・。
今回は下書き保存ボタンを押した瞬間に真っ白に。
うぉーと叫んでいると『そもそもボタン押し間違えてんじゃないの?』『他のせいにしちゃいけない』とかいう家族の冷めた扱い。
もうだいぶ前のことなのに、ふうん、つながってくるものなのかなあ・・・。
な~んて家族の言う通り、他のせいにしたいだけなのかもww とか思いつつ、その記事はまたあらためて書くことにしました。
この世とあの世の住人、どちらにも落ち着けない霊も、もとはみな人間や自然の一部として生きていたわけで。
そう思うと失礼すぎる態度はよくないけれど、必要以上に恐れることもないように思います。
以前の事務所によく来た外国人の霊たちは、単体でくる霊と、複数でくる霊たちがいて複数のほうがフレンドリーでした。にぎやかで、訊くと答えてくる。
そういう霊たちは、やはり認識や居場所的なものはこの世の様子に準じた動き方をしている気がします。
前の事務所のすぐ近くに外国人が多く訪れる敷地の広い教会がありました。
レンガ造りの素敵な建物だったのですが、途中から取り壊しが始まり、お知らせによると、どうも別な経営者が老健施設を建設することになったようでした。
教会の解体工事が始まった後から霊が訪れることが多くなりました。
なぜかなとは思っていて、墓地があるわけでもないようだし、教会だから信者さんが魂を寄せているのかなあと思っていました。
工事もだいぶ進んだころ、近くを歩いていたら近所のおじいさんが話しかけてきて、
『あんたこの近くに住んでんの?知ってるかい?ここは前教会があってねえ、その教会はねえ、亡くなった人を中に安置してさ、みんなで祈りを捧げてさ、それは大切に見送って、そういうところだったんだよ、そんな神聖な場所にさ勝手に壊してさ、じじばばの施設建てるってほとんに罰当たりだよ!(す、すみません、おじいさんが話したそのまんまで書いてます)』
と、他にもいろいろなことを話してくれました。
なるほど、亡くなったひとたちが最後に大切にされた場所。やっぱり魂たちはよりどころにするんだなあ。生前も通っていた方もいるでしょうね。
ここが自分たちが祈りを捧げてもらった教会の場所。その認識、居場所と思っているのはそのままなのに、その場所が変化してしまって、落ち着かなくて出てくるんだろうな。
そういえばおじいさんはおしゃべりの中で、施設が完成したのち知らないご老人たちが家の近くを徘徊するんじゃないかと心配していました。
別なひとたち、もうそんな感じで動いてましたけれども・・・。
悪い感じはないからいいけれど、ただ、仕事が終わらず泊まると2時3時に来ることが多かったのでそれはやっぱり調子が狂いました。
あー来るな・・・と思うと、数秒後に派手にあちこち鳴らして入ってきて、なんか悲壮感なく明るい感じなので憎めないケド。
勘弁して、寝させてよぉみたいな。
もうね、今は別の場所にサロンを移しましたけれどもね。
このような心霊的な話で私が思うのは、日頃関わりやすいのは、こんな感じの自分が生きていた頃の感覚で死んだ後も行動しているような霊たちが多いですが、もっとさらに重量感あるものもあります。
凄み感がちがうものたち。
それは次の記事で書こうかな。
そのあと、前の記事の続きもまた書いていこうと思います。